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更新日令和8(2026)年7月23日
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高射砲第2連隊営門
高野台児童遊園にある門柱は、高射砲第2連隊の正門として連隊の東端(現在の布施入口交差点付近)に設置されていたものです。戦後、しばらくの間残されていましたが道路拡張に伴い約60m西方の高野台児童遊園に移設し保存されたものです。
高射砲連隊は、帝都東京や軍事拠点を守るため高射砲部隊の教育を行う場として設置されました。昭和11(1936)年に市川市国府台に高射砲第2連隊が開設され、高射砲連隊と共に防空をつかさどる航空連隊が近くになかったことから、新しく計画された軍用地として翌昭和13年11月に当時の富勢村根戸字高野台に移転してきました。
同年に柏飛行場(現柏の葉地区)も完成し、高射砲連隊と共に帝都東京の防空体制が整いました。戦争中は、照空予習室と呼ばれる施設で、遠方の航空機や高い構造物の位置を測定する訓練を行い、営庭では鉄塔に航空機の模型を吊るして防空訓練を行っていました。
照空予習室は、柏市と加古川市(兵庫県)の2棟が現存しており、測量機器を屋上に上げるための起重機装置の支柱が残っているのは柏市の1棟のみです。
その後、連隊は昭和16年に主力が東京に移転し、昭和18年までは残留部隊が駐在し、その後この敷地を東部14部隊(東側)と東部83部隊(西側)が利用しました。

営門の状況(当時)

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