更新日令和8(2026)年7月23日

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柏飛行場跡地

第一次世界大戦は、航空機などの兵器の異常ともいうべき発達をもたらしました。高性能な飛行機の開発の一方で、航空機による攻撃に対処するための施設の整備が必要となりました。

柏飛行場は、成増、調布などとともに航空力強化と首都東京を守ることを目的として日本陸軍が設置しました。飛行場に選ばれた東葛飾郡田中村十余二は、東京の周辺部で、畑地が大半を占める、平坦な土地を広く活用できる場所でした。

昭和12年6月、近衛師団経理部が新飛行場を建設する旨を決定し、昭和13年11月に完成しました。同月、東京の立川から実戦部隊である飛行第5戦隊(東部105連隊)が移転し、柏飛行場は首都東京防空の第一線の航空基地となりました。以後いくつかの飛行戦隊の変遷があり、柏飛行場を基地としてB29をはじめとする米軍機の迎撃にあたりました。

飛行場は北側が滑走路で、南側に本部・将校集会所・被服庫・兵舎・弾薬庫などの建物がありました。また、格納庫5つと、気象観測用の柏観測所も設けられました。

終戦後はアメリカ軍の日本における最大の通信所として使用されていましたが、昭和54年に日本に全面返還されました。その後つくばエクスプレスの開通などを経て、都市公園、学校、国の研究所などが立地する大規模なまちづくりが進められました。その中で、掩体壕や秋水の燃料庫など新たな発見もありました。


参考:歴史アルバムかしわ-明治から昭和-、柏市史近代編、歴史ガイドかしわ
 

柏飛行場位置図

 

柏飛行場に配備された戦闘機「鐘馗(しょうき)」の前での記念撮影(昭和19年1月)

柏飛行場に配備された戦闘機「鐘馗(しょうき)」の前での記念撮影(昭和19年1月)

 

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