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更新日令和8(2026)年7月23日
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誘導路と掩体壕(えんたいごう)
誘導路と掩体壕
昭和 12 年 (1937)の日中戦争開戦以降、首都東京の防空が重視されるようになり、首都圏に飛行場や高射砲台等の防空施設が次々と建設されます。東京都心から 30km 圏の柏にも、昭和 13 年 (1938)に陸軍柏飛行場が設置されました。
太平洋戦争末期に戦局が悪化し、本土空襲が始まったことに伴い、柏飛行場では昭和 19 年 (1944)夏頃から、飛行機を爆撃から守るために機体を隠す施設「掩体壕」が造られます。飛行場の外には、飛行機を掩体壕まで移動するための誘導路が北・東・西に3本設けられ、それぞれの誘導路沿いの林の中に、掩体壕は築かれました。柏飛行場には79 基あったという記録が残っています。
これらの掩体壕のうちの一部は、平成 21 年 (2009)に柏歴史クラブの調査によって発見されています。確認された掩体壕の多くは、開発により消失しましたが、こんぶくろ池自然博物公園内には、東誘導路沿いに造られた 2基 (うち半壊の1基は未整備) の掩体壕が保存されています。
掩体壕の構造
掩体壕には、屋根がある「有蓋(ゆうがい)掩体壕」と、屋根がない「無蓋(むがい)掩体壕」があります。
柏飛行場周辺に造られた掩体壕は無蓋掩体壕で、コの字形や馬蹄形(ばていけい)に土を高く盛り上げて造られています。平成 21 年の調査で見つかった掩体壕は、全て馬蹄形でした。
戦争末期には、兵隊たちが朝に飛行機を掩体壕まで運び、夕方には飛行場へ戻していた姿が見られました。また、日中は飛行機を掩体壕の内部に入れ、緑色のネットや木の枝をかぶせて隠したといいます。

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