更新日2021年2月26日

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第4回 柏の大火と商店街の復興

復興写真
協力御礼の貼り札、ここから柏の復興がはじまる(昭和30年)

柏の大火と商店街の復興

柏市が誕生し、祝賀ムードの余韻も残る昭和30年(1955)12月25日未明、未曾有の災害が柏の商店街を襲いました。後に「柏の大火」と記憶される大火災です。当時の市役所(現・イトーヨーカドー柏店あたり)裏手の既製服製造工場から出火、折からの北西風にあおられた火は勢いを増し、本町通り(旧水戸街道沿い)一帯を焼き尽くしたのです。

消防団も必死の消火活動を続けましたが、手押しポンプが中心の当時の装備に水利の悪さも重なり、延焼を防ぐことは容易ではありませんでした。結局、全焼43棟、半焼・半壊6棟、33世帯181名が焼け出されるという惨事となってしまったのです。

消防団写真
消防団員たちによる必死の消火活動(昭和30年)

年末の繁忙期に発生した大火に商店街は大きな打撃を受け、さらに火事場泥棒なども横行して、被害が拡大したと伝えられています。

人々の写真
人々は茫(ぼう)然自失(昭和30年)

江戸時代には水戸街道に沿って民家が並び、団子を売る店がある程度だった柏の集落は、明治29年(1896)の鉄道開通に伴う柏駅開設が契機となって商店街が形成されてきました。戦災によって大きな被害を受けることもなく、東京の衛星都市として、順調に発展してきた柏の市街地が受けた初めての大きな試練となったのです。

焼け野原写真
焼け野原となった本町商店街付近(昭和30年)

しかし、復興にかける人々はこれに屈することなく、速やかに強かに対処したのです。早くも12月28日には車を出して「商売やってます」と宣伝して回ります。被災した呉服屋さんのお話です。「24日に燃えて28日には商売を再開したんです。商店街はみな同じで2間×3間のバラック仮店舗。市と建築組合が総出で建ててくれた。泣いてる暇なんかなかったよ。後片付けはやっぱり大変だったけど。」

この仮店舗は、翌31年3月からは防火建築帯と呼ばれる鉄筋コンクリート造りの商店街へと建て替えられていきました。この耐火建築の名残は今でも残されてますが、人々は「大火の傷跡」を今日の商店街の繁栄へと変えていったのです。

防火帯写真
完成した防火建築帯の駅前商店街(昭和32年)

防火帯2の写真
完成した防火建築帯の駅前商店街その2(昭和32年)

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