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更新日 2020年6月29日(月曜日)

オープンカフェ至上主義

オープンカフェが好きなんです

暑かろうが寒かろうが、雨だろうが風だろうが

排気ガスが臭かろうが、オープンカフェが好きなんです

いったいオープンカフェの何の要素が好きなのか?

たぶん、友達と他愛もない世間話をしながら

目の前を通り過ぎる人を観察するのが好きなんです

ああ、この青年は何才かな?何をしている人かな?

この2人は親子かな?こっちは恋人同士かな?

と、ぼんやりと想像して過ごすのが楽しいです

まあアレです、井戸端会議をカフェでしている

ま、そんな感じでしょう


一昨日、土曜の昼下がり

オレは柏駅東口、駅前通りのイトーヨーカドー1階

モスバーガー柏東口店に行きました

あそこはテラス席、つまりオープンカフェがあるんですよ

2人掛けのテーブルが小さなテラスに2つ、並べてある

うん、完璧ですね、理想的なカフェテラスです

よく「日本のオープンカフェは偽物だ!パリが本物だ!」

なんて言う人がいますが、それは違います

峠の茶屋とか、路地裏の将棋台とか、日本風オープンカフェです

ただ、飲み物が緑茶から珈琲に変わっただけです、ハイ

さてと今日は何を注文しようか?

ホットコーヒーと・・・チーズケーキ・・・だな!

おね~さん、ホットちょうーだい!

いくら?460円?はいよ、500万円

うん、イイ天気だ、最高に気持ちイイぞ

モス

うん、いいぞ

外出自粛が解除されて、みんなノビノビと歩いている

こう、なんか、自由を謳歌して解放感に満ちてる感じ

終戦直後もこんな感じだったんじゃない?

戦争には負けたけど、もう戦争は終わったんだ!自由だ!

みたいな・・・いや、想像ですけどね

じゃあコーヒー頂きます・・・ズズッ

ふぅ・・・美味しい、自粛解除の祝杯だ

チーズケーキも・・・ムグッ・・・美味しい

ほのかな甘みとチーズのコクが融合してます

オレの生まれた柏、チーズケーキ、コーヒー

自粛解除、楽しそうに歩く柏の人々、そして太陽

こ~ゆ~のを幸せって言うんですよ、ええ、そう思います

それにしても、みんなマスクして歩いてますね

オレの見た感じだと、98%ぐらいマスクしてる

ちょっと早歩きすると苦しいんですけどね、マスク

でね、柏駅前ってのは歩いてる人の量が適度

オープンカフェからの眺めが丁度イイ

新宿とか渋谷ぐらい人が多いと、人間観察に適してない

あまりにも大量で観察対象を絞り込めないんですよね

逆に少なすぎても寂しい・・・

そもそも人通りのないオープンカフェなんて

クリープを入れないコーヒーみたいなもん

え?何を言ってるかわからない?

じゃあお父さん、お母さんに聞いてください

ま、クリープじゃなくて「ニド」でも「ブライト」でもイイ

これも御両親に聞いてくださいね

いや~満足です

自粛解除で久々に柏を満喫しました

どんどん柏にもオープンカフェが増えて欲しい

そして、のんびり時間を過ごしたい

そう思うこのごろです

(つづく・・・次は紅茶にしてみよう)

更新日 2020年6月22日(月曜日)

こんにちば~!

6月15日は「千葉県民の日」ですね

月曜の平日なのに大っぴらに休める素敵な日ですが

記念日が制定されたのは昭和59年、オレが24才の時でして

もう既に爆風スランプでデビューしてまして

「やった~今日は学校休みだぜ~」

みたいな恩恵を授かってないんですよ

オレの高校生時代、都内の私立に通う友達が

「今日は都民の日で休みなんだぜッ!ハッハッハ!」

と自慢げに語っていました

都民の日の存在を知らなかったオレは嫉妬しました

「悔しい!オレも休みたい!なぜ県民の日はないのだ!」

と憤ったもんですよ

そんな県民の想いが積もり積もって

1984年、人口500万人突破を好機ととらえて

県民の日は制定されたんでしょう、多分ね

そして、その県民の日を記念して千葉日報に

「コロナに負けるな」と題してメッセージを寄せました

(画像掲載については千葉日報さんに許可を得ています)

新聞

千葉県ゆかりの35人の方々のメッセージが掲載されてます

もし千葉日報6月12日版・第2部を見つけたら

是非読んでみてください

まあでも千葉日報の担当者は

「ウチはね千葉県北西部は弱いんですよ・・・」

と言ってますから、積極的に探しましょう!千葉日報

で、この千葉日報、読んでたら興味深い記事がありました

「新聞は知識の宝庫」とはよく言ったもんです

え?そんなコト誰が言ったのか?ふふふ、オレです

またヒトツ、オレの知識が増えました

その興味深い記事とは千葉県の県境の変遷です

コロナ自粛要請も6月19日で「県境を越えてもヨシ」ってなりまして

県境について考えてたタイミングで、この記事

ああ、かの時代の県境はこうだったのか~

なんて楽しく読ませて頂きました

マップ01

まずは江戸時代の国割りをおさらいです

柏市は「下総の国」ですよね

これは小学校で習った気がします

でもね、何で上総の国の上に位置してるのに「下」総なのか?

子供心に混乱しましたね

しかも柏市近辺は北総台地とも言います

なぜ名称を統一できないのか?

子供心は混乱するばかりでした、ハイ

マップ02

さあ明治4年、廃藩置県です

最初の廃藩置県では302県&3府もありまして

それじゃあ知事も305人必要になる

いくらなんでも細かすぎて無駄が多いってコトになりまして

72県&3府にしたのが上の地図です

柏市は当時、印旛県だったんですね・・・へぇへぇへぇ!!!

北部は現在の埼玉、茨城も含んでます

でもこの区割りだと利根川を挟んでますからね

合理的とは言えないし、まだまだ区割りが細かい

じゃあ合併だ!と下のようになりました

マップ03

さあ千葉県の登場です

「千葉」の名前の由来は諸説あるようでして

古くは755年、万葉集で「千葉の野に」と詠まれてるそうです

この時点だと銚子市が千葉県じゃないですよね

それは困ります

銚子港がないとサンマ水揚げ日本一が千葉じゃなくなるので

そしてこれから2年後、新治県が廃止されて

現在の千葉県の形となるのです

マップ04

やっと会えたね千葉県!こんにちば~!

明治8年、まだまだ雰囲気は江戸時代ですよ

常磐線が開通するのは明治29年ですからね

柏駅付近は、この時点では水戸街道の

小金宿、我孫子宿にはさまれた単なる農村だった

明治時代の柏・・・どんな雰囲気だったんでしょう

いや~ロマンがありますよね

さてさて、コロナ自粛ですけど

県境を越えての移動がOKとなりましたが油断は禁物

マスクと手洗い、密を避ける

オレはこれを徹底していきます

でも暑くなってきてマスクがキツいんですよ最近

すぐに口の周りが汗かきます

でもコロナになるよりマシですね、我慢ガマン

(つづく・・・そろそろ蕎麦の季節だな、フフフ)

更新日 2020年6月15日(月曜日)

生きててヨカッタ!

ああ・・・無事でよかった

あの時、運が悪かったらオレは命を落としてたな

ってコトないですか?

オレはあります

今でも考えるだけで布団の中でプルプルと震えます

布団の中って不思議ですよね

目を閉じると突然、過去のことが蘇る

ああ・・・恥ずかしい

あの時、なんでオレあんなコト言ったんだろ?

ってフイに思い出して布団の中で身悶えする

よし!イイこと思いついた!オレって天才!

と、布団の中で一人ニヤニヤする

つまり・・・布団は脳を活性化させる

もしくは暗闇で視界ゼロ環境なので

視覚に使われるエネルギーが思考回路に注入される

ではないのではないか?と思われるのではないかと存じます(適当)

さて、冒頭の「運が悪かったら命が・・・」の話ですけど

そうアレは1976年、オレが高校一年16才の時です

原付免許を取得したんですよね

バイクは買わなかったんですけど乗ってみたかったんです

で、友達にスズキ50ccを借りて走りました、国道6号

バイク00


当時はまだヘルメット着用義務は無かったんです

Tシャツ一枚、ヘルメット無しで

国道6号を原付でフラフラ走る初心者

16才は怖いもの知らずです

ゴォォォォォ~~~~!

すぐ横を大型トラックが猛スピードで抜き去る

運転してる自分も「これは危ないな」と、うっすら感じてはいる

でも16才ですからね

最悪の事態ってのを想像できない

ゴォォォォォ~~~!

オレの体スレスレをダンプが通り過ぎる

当時はまだ交通戦争なんて言われた時代の名残もあって

国道6号には危険な香りが漂ってた

今はラーメンの香りが漂ってますけどね

だがしかし、なにせ16才ですから好奇心が先に来る

オレは柏と松戸を原付で何往復もしましたね

もし、もしもだ・・・

あの時、ダンプに巻き込まれてたら

すべって転んでダンプにひかれてたら

ギャアアアアアアァァッァ!

もうね、考えるだけで寒くなります、ハイ

もう一枚、布団持ってきて!

ラッキーだったのはオレが飽きっぽい性格だったこと

1週間でバイクに飽きました

国道6号を何往復かしただけで

もうバイクには乗らず、免許も期限切れで更新せずです

ほんと、免許更新ぐらいすればイイのにと思いますけど

全ッ然、興味が無くなったんでしょう

バイク02
   麻雀したりギター弾いたり忙しかったんですね

そして19才になって普通免許を再取得

で、中型バイクに乗るようになったのは大人になってから

おかげで超・安全運転バイカーになりました

あの時、国道6号が命の大切さを教えてくれたんですよ

いまでも松戸~柏をクルマで走ると

ああ、あのとき転ばなくてヨカッタ

ああ、生きててヨカッタ

と思うのです、メデタシ、メデタシ

(つづく・・・バイクを貸してくれた友達も生きてます)

更新日 2020年6月8日(月曜日)

時代先取り!天然とんこつラーメン

国道6号を走ると沿道に沢山のラーメン屋がある

6号と16号が交差する柏呼塚交差点付近は

24時間、トラックが走る交通の要衝

ラーメン銀座ってぐらいラーメン屋がひしめいている

さて、呼塚交差点がどれくらい交通の要衝かというと

ラジオの交通情報を聴けばわかる

関東在住なら誰でも「柏呼塚、東京方面渋滞2Kmです」

の交通情報を聞いたことがあるだろう

そう「呼塚」と「綾瀬バス停」は交通情報の常連であり

1日に何十回もラジオで連呼される地名、それが呼塚だ

そして呼塚は実家から数百メートル、歩いて数分

子供のころからの友達、それが呼塚だ

でも呼塚同様、交通情報の常連、綾瀬バス停は行ったことがない

何百回と耳にしているのにだ

足立区綾瀬、神奈川県綾瀬市のダブル綾瀬が存在してること

それぐらいしかオレは知らない

まあでも世の中そんなもんだ

誰だってエジプトのクフ王ピラミッドを知っている

だが実際に見たことはないだろう・・・そんなもんだ

だれだってチョモランマが世界一の山と知っている

だが実際に見たことはないだろう・・・そんなもんだ

オレは何十回、何百回と国道6号沿い

南柏付近のラーメン屋「一蘭」の前を通っている

だが未だに入店して食べたことがなかった

ウチの事務所の担当マネージャーも

「一蘭?美味しいですよ!一度は食べてみてください」

と力説していたが食べたことがなかった

通るたびに「そのうち行ってみるか・・・」と思うのだが

食べたことはなかった

ま、世の中そんなものだろう

だが今年1月の中旬頃、まだコロナ騒動以前の話だ

朝4時、オレはひとりで国道6号をクルマで走っていた

遠くに一蘭の看板が見えてきた

いつもなら「今度食べよう」と素通りするのだが

その日は違った、内なる声が聞こえてきたのだ・・・

「おい自分ッ!今度、今度と言ってたら一生食べることはできないぞッ!

そんなんでいいのか?人間の一生は短いぞ、そんなダラダラしてていいのか?」

うん、そうだな、今食べるべきだ

オレはいつの間にか一蘭の入口に立っていた

一蘭01


これが一蘭か・・・昭和35年創業?

オレと同い年じゃないか・・・早く言ってよぉぉぉぉ!

知ってればもっと早く食べに来てたよぉぉぉ!

一蘭はとんこつラーメンの本場、福岡のラーメンチェーン店で

国内に81店舗、海外にも7店舗の店を構える

味は美味しいに決まってるだろう

オレはラーメンの味がどうのと語れるほど

ラーメンを食べていないのである


ではなぜ、いま、一蘭のコトを書いているのか?

しかも半年前に食べに行ったコトをだ

それは・・・

一蘭の時代先取りシステムに驚嘆したからだッ!

何が時代先取りなのか?

ふふふ・・・この客席を見れば一目瞭然だ!

一蘭02

どうです?この3方向、囲まれた客席

仕切りで完全に独立性が保たれている

一人で語らずに黙々と食べるしかない

つまり・・・これならば・・・


飛沫が飛ぶワケもなし!

濃厚接触が起こるワケもなし!

コロナウイルスに感染するワケもなし!

まさに未来を先取りしたラーメン屋

それが一蘭なのである

もちろん、味に集中するため客席がこの造りになっている

コロナ感染防止のためではない

だが、時代が一蘭に合致したのだ!なんとゆう運命

いやいやぁ、1月の時点では気が付かなかったなぁ

あ、ちなみに味は美味しかったです、ハイ、ご馳走様です

これからは飲食店も

このスタイルになっていくのだろうか?

ま、味には集中できますよね

みなさん、まだまだ気を付けましょう!

(つづく・・・朝4時でも意外と混んでました)

更新日 2020年6月1日(月曜日)

あの日の二番街

今でこそ柏は、若者の街、音楽の街

なんて言われてますけど

オレが「ミュージシャンになるッ!」と思い立った1979年頃

柏はまだ「若者の街」なんて微塵も言われてませんでした

もちろん「音楽の街」の雰囲気もありませんでした

オレは柏・二番街のモンテローザでバイトしながら

アマチュアバンドを一生懸命やってましたね

モンテローザのバイトは時給390円から始まりました

オレの作るアイスミルクティーはそりゃもう絶品でした

バイトですからコストとか考えませんからね

ほぼ100%牛乳で紅茶を煮出します

そりゃ美味しいハズですよ、高コストですけど

そしてオレの作るピザトーストも絶品と評判でしたね

バイトですから原価のコトなんて微塵も考えない

だからバンバンに具を入れるワケです

もうね、ハムと野菜とチーズがパンに山盛りですよ

ええ、美味いハズですよ、大評判ですよ

2ばんがい01

そんなオレを「河合は料理が上手」と勘違いした店長の小林さん

ガンガンに時給を上げてくれましたね

あっという間に時給が420円ぐらいまでアップ!

え?そんなに上がってないじゃないか?

いやいや、当時420円のバイトは高給取りですよ

で、月数万円のバイト代を得まして

そして全~部、楽器代につぎ込むワケです

つぎ込む時間とお金

プロになれる可能性

これを天秤にかけたら・・・

冷静な大人は人生賭けてこんな低確率なコトしません

これね、若くて無謀だから、こんなコトできるんですよ

いや~ホント若いってスゴイですよね

さあプロになるんだ!

と思ってから初めて立ったステージは二番街の京北ホール

まだ19才、ここからアマチュアバンド活動がスタートします

コンテストに出て、小さな学園祭に出て

そして秋、大きなステージのチャンスが来ます

当時、二番街祭りってのがありまして

柏長崎屋前(現ドン・キホーテ)に特設ステージが組まれて

地元バンドが数組演奏するイベントがありました

そこに出演しないか?ってお話です

オレと中野は小躍りして喜びましたね

(当時はパッパラーでもサンプラザでもなかった)

オレと中野の初めての晴れ舞台と言えるでしょう

さあ二番街祭り当日です

もちろん小林店長、モンテローザ専務の畑さん

みんな観に来てくれましたね

ステージからは母親と姉の姿も見えました

誰かから「出るらしいよ」と聞いたんでしょう

演奏が始まります・・・まずは1曲目は・・・

「尻の穴から出たい」って曲

小林さんも畑さんも奇天烈さに度肝を抜かれた様子

そして次の曲は「ミミズのラブソング」です

おおよそ理解しがたい曲だったようです

いつの間にか母と姉は立ち去ってましたね

まあ19年育てた息子が「尻が~」と歌うとは

思ってなかったのでしょう

2ばんがい02

  これは「ミミズの衣装」と自分たちで呼んでましたね

演奏が終わると小林さんと畑さんは

「た・・・楽しかったよ・・・」

と目を泳がせながら誉めてくれました

多分それが精一杯の言葉だったのでしょう

ありがたいです

家に帰ると母は何も言いませんでした

口の悪い姉は「なんなの?あの曲は?あの衣装は?」と怪訝な顔

まあ10年早かったかな・・・ハッハッハ!

そして4年後、オレと中野は爆風スランプでデビューします

デビューして36年が経ちましたけど

あの二番街でのステージは忘れないんですよ

特に遠くで不安げに観てた母と姉の様子

いやいや・・・不安だったろうなぁ・・・ハッハッハッハ!

そんなワケでオレ達を育ててくれた柏

今年の秋は駅前でステージできるかな?

安全あっての音楽ですからね

もう少し頑張ろうっと!

(つづく・・・レイソルは7月4日再始動!)