柏人への道(かしわ今昔再発見~昔を知り、今を知る~)

更新日 2018年4月4日(水曜日)

第10回篠籠田の田園風景

篠籠田の田園風景  

(昔)篠籠田田んぼの刈り入れの頃

昭和45年(1970年)高度経済成長時代が一段落する頃、柏駅から徒歩で15分~20分の篠籠田には、まだ田んぼが広がっていました。刈り取られた稲は稲架に掛けられ天日干しにされていました。この写真は現在のサルビアマンション付近で,この後すぐ宅地化が進んでいきました。地名である篠籠田の元の姿は「迫田(せこた)」のことで「迫」は、「山や岡に挟まれた狭い谷のような所」の意味で、大堀川ぞいの谷津田も上手に行くにつれて幅が狭くなり、その姿を物語っています。

篠籠田の田園風景 

(今)現在のサルビアマンション

篠籠田の田んぼが宅地化され,マンションが建ち並ぶ現在の風景。

豊四季台団地、   

(昔)篠籠田の田んぼでザリガニ捕り

都会から引っ越してきた家族と子どもたち。篠籠田の田んぼと流れる小川でザリガニ捕りに熱中した休日のひとコマ。

昭和43年(1968年)

豊四季台

(今)現在の風景

柏市旭町消防署を右手に前の通りは豊四季3街道のひとつで県道流山・柏線になっています。

豊四季台

(昔)篠籠田の田んぼ風景

休日を利用して、小川で遊ぶ二組の親子連れ(ザリガニ捕り)昭和43年(1968年)

豊四季台 

(今)現在の風景

県道流山・柏線、柏市旭町8丁目2番地付近で前方に東武線が走っています。平成25年(2013年)

篠籠田

(昔)篠籠田の田んぼ風景

昭和41年(1966年)頃、篠籠田の田んぼのあぜ道で親子連れが写真を撮っている風景。

篠籠田

(今)現在の風景

前方が柏市旭町消防署、県道流山・柏線に出ます。大字は柏市篠籠田

平成26年(2014年)

豊四季駅

(昔)東武野田線の豊四季駅

豊四季駅北口は、明治44年(1911年)県営軽便鉄道、開設当時からの駅です。豊四季駅大宮方面で柏市内にあるのは、この駅のみで駅前広場には、ボンネットバス・タクシーが停車しています。「おすわさま」でおなじみの諏訪神社があり、お正月や、お祭りには近隣から多くの人々が訪れます。

豊四季

(今)現在の豊四季駅北口

平成15年(2003年)には東武野田線豊四季駅北口に自由通路が完成しました。

豊四季 

(昔)豊四季駅

昭和31年(1956年)駅の北側にある駅舎は入母屋作りの大柄な木造建築で、どことなく風格も感じさせます。ホームは、2面2線の相対式ホームで,太平洋戦争中は、十余二に在った飛行場への軍需品、中継駅として使用されました。

豊四季 

(今)現在の豊四季駅南口

平成15年(2003年)には南北駅間に橋上自由通路が完成し、南口が開設されました。現在は,駅前土地区画整理事業により文化的な街並みが造られています。

更新日 2018年3月7日(水曜日)

第9回豊四季台団地

豊四季台団地

(昔)柏競馬場跡につくられたマンモス団地~豊四季台団地~

豊四季台団地は、東京オリンピックの年,高度経済成長が軌道に乗っていく時代に、本格的な大規模団地として柏競馬場の跡地に建設されました。 昭和39年(1964年)

全103棟(すべて5階建て)戸数4,666戸。同年4月から入居が開始されました。この団地だけで約1万5,000人が増え、柏市の人口はその年の暮れに10万人を超えることになります。

豊四季団地(当初の呼称)は昭和43年の町名変更で豊四季台1~4丁目となり正式名称も豊四季台団地となりました。

豊四季台団地

(昔)豊四季台団地第二次入居風景 全103棟の中層建築物の大規模団地が出現し、この年の4月から12月まで数次に分けて入居しました。写真は真夏の引っ越し風景。トラックに混じって自家用車の姿も見えます。79号棟の入口側から80,77号棟の方向。 昭和39年(1964年)

豊四季台団地

(昔)新一年生の通学風景

団地生まれのお兄さん、お姉さんと一緒に登校。65号棟付近にて。 昭和46年(1971年)

豊四季台団地

(昔)102号棟の5階より豊四季台保育園方面を望む。すぐ下の停留所は、「団地センター前」です。 昭和48年(1973年)

豊四季台団地

(昔)豊四季台団地サカエストアー 昭和39年(1964年)

松坂屋系のスーパー・マーケットのサカエストアーが開店しました。今より店が小さく,量り売りで一つ一つ目方を諮ってお金を払い、レジ袋がなかったので買い物籠に入れて買ってきました。

豊四季台団地

(昔)営業を開始した豊四季台団地名店街

第一次入居と同時に地元の米屋、肉屋、魚屋、八百屋などが出店して新住民の台所を賄った。当時全戸に電話が無く、あったのは文具店、「土筆堂」の一か所だけだったそうです。その後商店街には、アーケードがつくられました。 昭和39年(1964年)

豊四季台団地

(昔)豊四季台団地名店街

買い物客で賑わう名店街の風景。 昭和47年(1972年)

豊四季台団地

(昔)豊四季台団地名店街

当時は、魚屋さんで魚を買い,肉屋さんで肉を買うなど商店街の個人商店で品物を揃えていました。 昭和39年(1964年)

豊四季台団地

(昔)昭和39年(1964年)に営業を開始した豊四季台団地名店街

名店街の後ろに102号棟が見えます。団地の中央にスーパーマーケットや商店街が設けられていました。 

豊四季台団地

(昔)松坂屋ストア(イオン系列のスーパーマーケット)

松坂屋ストアになってから量り売りからレジで一括して支払うようになり,お買い物が便利になりました。 昭和39年(1964年)4月21日オープン。

豊四季台団地

(今)ピーコックストア 平成29年(2017年)

現在、松坂屋ストアは取り壊され、イオンマーケット(株)ピーコックストアが平成29年(2017年)12月1日にオープンしました。(千葉銀行向い)

豊四季台団地

(今)新しくなりました!豊四季台団地名店街、専門店

昭和39年の豊四季台団地完成と同時に発足した商店街「豊四季台団地名店街、専門店」がリニューアルオープンしました。高齢者に優しい商店街を目指し、すべての世代が安心して暮らせるまちづくりが進められています。 平成28年(2016年)

豊四季台団地

(昔)豊四季台団地トンガリ公園

団地内の公園には、それぞれの特徴を示す名前がつけられました。この公園では細長いトンガリ帽子?をかたどった遊具が子どもたちの人気を集めました。昭和39年(1964年)

豊四季台団地

(昔)トンガリ公園

豊四季台団地トンガリ公園の朝、66号棟辺り。 昭和46年(1971年)4月。

豊四季台団地

(今)建て替え事業が行われ、取り壊されたトンガリ公園跡地の現在の風景。 平成29年(2017年)12月。

豊四季台団地

(今)当時、昭和39年に土管公園があった場所(20号棟の辺り)の現在の風景。 平成29年(2017年)12月。

豊四季台団地

(今)豊四季台団地

現在も建て替えが終わっていない棟が残っている。 平成29年(2017年)12月。

豊四季台団地

(今)豊四季台団地

平成16年(2004年)に建て替え事業に着手。すべての世代が安心して暮らせる「まちづくり」が進められ,リニューアルした豊四季台団地。 平成29年(2017年)

更新日 2018年2月7日(水曜日)

第8回高島屋がオープンした柏駅西口と豊四季台

柏駅西口

(昔)昭和48年(1973年)

柏駅東口のそごう・西口の高島屋と大型店の出現で,柏駅の東西は、古いものから新しいものへと変化する時代の幕開けの年になりました。柏駅周辺は、都市的景観を大きく変貌させ,新しいファッショナブルな街、柏が誕生した年でもあります。昭和48年11月2日柏駅の西口に高島屋がオープンした当日の写真で,建物の上部には割れたくす玉が2つ見えます。昭和54年(1979年)にローズタウンが開業,専門店が高島屋と結ばれ商店業界に新風を招きました。同店の8階の市民サロンが市民ギャラリーとしてオープンしました。

柏西口

(昔)高島屋オープンで賑わう柏駅西口バスターミナル 昭和49年(1974年)

柏駅西口

(今)現在の西口広場

バスターミナル、高島屋、ステーションモールが見える 平成28年(2016年)

柏西口

(昔)柏駅西口広場バスターミナル夜景 昭和50年代

柏駅西口

(今)現在の柏高島屋正面入口

入口にクリスマスツリーが飾られている 平成29年(2017年)12月

柏駅西口

(昔)第1回柏まつりで賑わう柏駅西口広場

後ろに高島屋が見えます 昭和53年(1978年)8月

柏駅西口

(今)柏駅東口ダブルデッキから望む柏高島屋全景 平成29年(2017年)12月

柏西口

(昔)柏一小通り商店街入口から岡田病院を望む

右手が建設中の柏高島屋で,中央の岡田病院はこの後に取り壊されて新しい病棟になった。天神会館は、結婚式場で柏一小通りの両側には居酒屋、肉屋、八百屋などが並んでいた。 昭和48年(1973年)

柏西口

(今)現在の柏一小通り商店街入口

懐かしい街灯に柏一小通り商店街の名称が付けられている。 平成30年(2018年)1月

柏西口

(昔)柏一小通り商店街

商店街の両側には飲食店が並び,人通りも多かった。 昭和62年(1987年)5月

柏西口

(今)現在の柏一小通り商店街 平成29年(2017年)12月

柏西口

(昔)柏駅西口あさひ通り 昭和62年(1987年)7月

柏駅西口

(今)現在のあさひ通り

「KASHIWA CITYあさひふれあい通り ふれあいの道」とおしゃれなアーケードに変わりました。柏駅西口ダブルデッキより望む 平成29年(2017年)12月

豊四季

(昔)柏競馬場

あさひ通りに沿って歩き,国道6号を超えた先にある豊四季地域には,かつて東洋一の競馬場がありました。幅30m、長さ1600mのコースで総面積8万8590坪,建物1633坪の規模でした。

花野井の吉田甚左衛門が私有地に誘致したもので、昭和3年(1928年)5月にオープン。第一回柏競馬会は、3日間開催。

初日の入場者2万5000人は柏町の人口の3倍でした。その後昭和25年に中止となり,現在は豊四季台団地・向原町の地となっています。

豊四季台団地

(昔)昔のゴルフ

昭和4年(1929年)柏競馬場のコース内や隣接地に柏ゴルフ場を併設しました。現東葛高校脇の今の向原町会全域にあたる広さには全9ホールあり,来客の多くは皇族、著名人でした。

豊四季台団地

(昔)昭和39年(1964年)豊四季に日本住宅公団による大型集団住宅豊四季団地が完成しました。5階建て106棟4,768戸。当初は1万3000人が入居しました。現在は建て替え事業が行われ「高齢者だけでなく、すべての世代が安心して元気に暮らせるまちづくり」が進められています。

豊四季台団地

(今)現在も建て替えが終わっていない棟が残っている。 平成30年(2018年)1月

豊四季台団地

(今)建て替えられた豊四季団地

奥に新しく新設されたイオンマーケット(株)ピーコックストアが見えます。平成29年(2017年)12月1日にオープンしました。

豊四季台団地

(昔)柏競馬場前停車場 昭和10年(1935年)

東武野田線が総武鉄道と呼ばれていた昭和8年(1933年)、気象大学校東門傍に「柏競馬場前」という停車場が開設されました。主として柏競馬場、柏ゴルフ場のお客と、東葛飾中学校生徒が利用していました。戦時中競馬が廃止されると「北柏」と改称。昭和20年4月末に営業休止、同30年7月正式に廃止となりました。

柏西口

(今)柏競馬場前停車場跡 平成29年(2017年)12月

気象大学校とレーダー、昭和37年(1962年)に2年制の大学校となり2年後には4年制となっています。頂上が丸い高い建物は気象レーダーで高さは51mあり,遠くからでも眺められる地域のシンボルタワーです。このあたりに「競馬場前」停車場がありました。住所は旭町4丁目7番地。

柏西口

(昔)アメリカ軍が撮影した航空写真 昭和22年(1947年)

お知らせ

2月18日(日曜日)から4日間,パレット柏市民ギャラリーにて「写真展「変わりゆく柏の風景」」を開催します。

柏市誕生期から現在までを伝える写真を展示しますので,ぜひご来場ください。

更新日 2018年1月3日(水曜日)

第7回柏駅西口周辺を巡る

柏駅西口

(昔)柏駅西口

柏駅西口が開設されたのは昭和31年(1956年)で、上野側の「開かずの大踏切」を渡り東口から西口までまわる必要がなくなりましたが、当時の西口は畑や荒れ地で夜は真っ暗な駅前でした。柏駅が生まれたのは明治29年(1896年)日本鉄道の土浦線(現常磐線)の田端~土浦間の開通時でした。当時駅周辺は千代田村と呼ばれていましたが、合併する前の名称(柏村)の「柏」が駅名に採用されました。明治44年(1911年)には千葉県営軽便鉄道・野田線の柏~野田町(現野田市)間が開通し,連絡駅となりました。この千葉県営軽便鉄道・野田線はその後北総鉄道、総武鉄道を経て、現在は、東武鉄道の野田線(東武アーバンパークライン)となっています。

柏駅西口

(今)柏駅東武野田線「東武アーバンパークライン」ホーム 平成28年(2016年)

柏市内では豊四季・柏・新柏・増尾・逆井・高柳の6駅を通る。平成26年(2014年)4月から新しく路線愛称名が導入されました。

 

柏駅西口

(昔)柏駅西口 平成16年(2004年)4月

柏駅西口ダブルデッキから見た柏駅西口

 

柏駅西口

(今)柏駅西口 平成29年(2017年)11月

現在の柏駅西口ダブルデッキから見た柏駅西口

 

柏駅西口

(昔)柏駅西口駅前広場 昭和45年(1970年)

柏駅西口

(今)現在の西口広場 平成28年(2016年)

柏駅西口

(昔)柏駅西口広場 昭和38年(1963年)頃

当時広場は砂利道でバスを待つ列が並びました。

柏駅西口

(今)現在の柏駅西口広場 平成29年(2017年)11月

柏市は、昭和48年(1973年)の市街地再開発で完成した大型店舗群により,柏駅周辺は都市的景観を大きく変貌させています。

柏駅西口

(昔)柏駅西口広場 昭和40年代

建設中のファミリ柏が見えます。昭和48年(1973年)9月ファミリ柏開店・丸井柏店増床開店。

柏駅西口

(今)現在の柏駅西口広場 平成28年(2016年)

柏駅西口

(昔)柏駅東西を結んだ跨線橋 昭和44年(1969年)

老朽化した駅舎を中心に継ぎ足しして「伸びる」柏駅の様子が良くわかる写真です。

昭和46年(1971年)4月に駅舎は橋上化され,昭和48年(1973年)10月に駅前広場が確保されました。

柏駅西口

(昔)柏駅西口の開設でできた跨線橋 昭和33年(1958年)

東口と西口をつなぐ唯一の通路。通行者は無料では通れませんでした。その為切符売り場では、入場券が良く売れました。通路は広くはないが現在のように混雑することはありませんでした。

柏駅西口

(今)現在の柏駅、西口と東口をつなぐ自由通路 平成29年(2017年)

JR東日本常磐線と東武野田線(アーバンパークライン)の乗り入れ電車が停まる度に改札口から出て来る人々は東西に分かれて街の中へと流れていきます。

柏駅西口

(昔)柏駅東西を結んだ跨線橋 昭和33年(1958年)頃

重い荷物を背負って上る人は行商人でしょう。朝夕のバスや電車に、角籠を二倍の高さにして紺色の大風呂敷に包み、これを背負った行商のオバサン。そのたくましさに”かつぎ屋さん”・”カラス部隊”ともいわれました。駅の東西が自由通路となったのは、橋上駅となった昭和46年(1971年)のことです。

柏駅西口

(今)現在の東西を結ぶ跨線橋 平成29年(2017年)11月

柏駅西口

(昔)柏駅西口航空写真 昭和55年(1980年)

更新日 2017年12月6日(水曜日)

第6回緑ヶ丘「一本松公園」奇跡の「一本松」

奇跡の一本松         

(昔)旧水戸街道に向けて整備された幹線道路、道路の左側が現在の「一本松公園」。昭和37年(1962年)3月

戦前、柏地域には江戸時代の小金牧の面影を残す野馬土手や松林と畑地が混在する広大な原野が下総台地上に広がっていました。その後この平坦で広大な土地は畑地や軍用地として転用され、昭和17年(1942年)この付近に軍需工場が進出してきました。

奇跡の一本松  

(今)現在の緑ヶ丘幹線道路、道路の左側に緑ヶ丘会館(茶色の建物)。会館横が「一本松公園」 平成29年(2017年)10月

奇跡の一本松

(昔)60年前の緑ヶ丘航空写真、昭和30年代(画像をクリックすると別ウインドウで開きます)

昭和29年(1954年)4月「日立製作所柏工場跡地」では住宅団地の一つ「緑ヶ丘団地」の建設工事が始まりました。当時は、林とススキの中に家が点在する開発途上の緑ヶ丘地区でした。現在の「緑ヶ丘会館」前の道路が交番付近から旧水戸街道にむけて幹線道路として計画され一本松を伐採することなく整備されていった事がわかります。

奇跡の一本松

(昔)昭和37年(1962年)3月千代田町付近

当時は空き地の中に家が点在する千代田町でした。

奇跡の一本松             

(今)現在の緑ヶ丘交番前交差点から見た千代田町住宅街 

この道をまっすぐ行くと国道16号線,交番の交差点を左に行くと国道6号線へ、右へ行くと柏レイソルサッカー場、藤心方面へ 平成29年(2017年)10月 

奇跡の一本松            

(今)緑ヶ丘「一本松公園」

緑ヶ丘「一本松公園」は、115坪の農地を開拓して昭和54年(1979年)に公園完成。平成29年(2017年)1月

奇跡の一本松

(今)緑ヶ丘会館

地域のオアシス緑ヶ丘会館は昭和53年(1978年)に建設されました。平成29年(2017年)1月

奇跡の一本松

(今)緑ヶ丘町会「一本松」

この松の樹齢は、年輪から120年とされています。今から120年前、明治30年(1897年)頃、種が芽吹いてこの地に根付いたことから、その歴史が始まります。この「一本松」は緑ヶ丘町会が公園の命名を行う際にも一役買った経緯もあり、町会行事に長い間「神木」として役割を果たしてくれました。 平成29年(2017年)1月

奇跡の一本松

(今)「緑ヶ丘町会」ありがとう「一本松」(画像をクリックすると別ウインドウで開きます)

一本松公園のシンボルとして親しまれてきた「一本松」が松くい虫による被害で伐採されることになりました。平成29年1月29日に地元緑ヶ丘町会が同公園でお別れ会を開きました。町会長をはじめ町会のメンバーは一本松の思い出を振り返り長年愛されてきた木がなくなるのは淋しいと名残惜しみました。

奇跡の一本松

(今)昨年の平成28年(2016年)8月中旬に上の枝から枯れはじめ、葉全体が赤褐色に変化しました。公園管理課に調査を依頼したところ松くい虫と呼ばれる,マツノザイセンチュウの被害が判明。回復は不可能と診断され、枯れ枝の落下や倒木を避けるため伐採を決断しました。平成29年(2017年)1月29日

奇跡の一本松

(今)さようなら「一本松」お別れ会

お別れ会では町会メンバーら、約30人がこれまでの感謝を込めお神酒を木にそそいで供え物を奉納しました。公園管理課に要望の上,伐採後は幹を高さ約2メートルだけ残す方針です。平成29年(2017年)1月29日

奇跡の一本松

「一本松基本情報」

一本松はクロマツで高さ20.0m,幹回り2.2m,樹齢120年とされています。

奇跡の一本松

(今)樹齢120年「一本松」倒木の恐れがあり,伐採へ

平成29年(2017年)2月2日、午前9時より伐採作業が開始されました。

奇跡の一本松

「一本松」伐採作業

重機が入り枯れ枝が切り落とされました。

奇跡の一本松

「一本松」伐採作業

切り落とされた枯れ枝を束ねる作業員。

奇跡の一本松

伐採後の「一本松」

伐採後、幹を高さ2mだけ残しました。平成29年(2017年)2月16日

奇跡の一本松

(今)伐採後の「一本松」

大きな「一本松」はなくなってしまいましたが、これからも地域を守るご神木として住民の皆さんを見守っていくことでしょう。平成29年(2017年)10月

奇跡の一本松

(今)緑ヶ丘会館内に設置された「一本松」

樹齢120年の年輪。平成29年(2017年)2月23日

奇跡の一本松

『緑ヶ丘「一本松公園」奇跡の物語』から「昭和22年「緑ヶ丘一本松」公園」付近の航空写真」(画像をクリックすると別ウインドウで開きます)

こちらの資料は柏市立図書館本館で開催された「緑ヶ丘町会・さようなら一本松写真展」で来場者に配布された資料です。

「日立台」の由来にもなった「日立製作所柏工場」の全容と「緑ヶ丘公園」主役の一本松も、昭和22年(1947年)の航空写真に一緒に写しだされています。

お問い合わせ先
広報広聴課 / 電話:04-7167-1175 メールフォーム