柏人への道(かしわ今昔再発見~昔を知り、今を知る~)

更新日 2018年2月7日(水曜日)

第8回高島屋がオープンした柏駅西口と豊四季台

柏駅西口

(昔)昭和48年(1973年)

柏駅東口のそごう・西口の高島屋と大型店の出現で,柏駅の東西は、古いものから新しいものへと変化する時代の幕開けの年になりました。柏駅周辺は、都市的景観を大きく変貌させ,新しいファッショナブルな街、柏が誕生した年でもあります。昭和48年11月2日柏駅の西口に高島屋がオープンした当日の写真で,建物の上部には割れたくす玉が2つ見えます。昭和54年(1979年)にローズタウンが開業,専門店が高島屋と結ばれ商店業界に新風を招きました。同店の8階の市民サロンが市民ギャラリーとしてオープンしました。

柏西口

(昔)高島屋オープンで賑わう柏駅西口バスターミナル 昭和49年(1974年)

柏駅西口

(今)現在の西口広場

バスターミナル、高島屋、ステーションモールが見える 平成28年(2016年)

柏西口

(昔)柏駅西口広場バスターミナル夜景 昭和50年代

柏駅西口

(今)現在の柏高島屋正面入口

入口にクリスマスツリーが飾られている 平成29年(2017年)12月

柏駅西口

(昔)第1回柏まつりで賑わう柏駅西口広場

後ろに高島屋が見えます 昭和53年(1978年)8月

柏駅西口

(今)柏駅東口ダブルデッキから望む柏高島屋全景 平成29年(2017年)12月

柏西口

(昔)柏一小通り商店街入口から岡田病院を望む

右手が建設中の柏高島屋で,中央の岡田病院はこの後に取り壊されて新しい病棟になった。天神会館は、結婚式場で柏一小通りの両側には居酒屋、肉屋、八百屋などが並んでいた。 昭和48年(1973年)

柏西口

(今)現在の柏一小通り商店街入口

懐かしい街灯に柏一小通り商店街の名称が付けられている。 平成30年(2018年)1月

柏西口

(昔)柏一小通り商店街

商店街の両側には飲食店が並び,人通りも多かった。 昭和62年(1987年)5月

柏西口

(今)現在の柏一小通り商店街 平成29年(2017年)12月

柏西口

(昔)柏駅西口あさひ通り 昭和62年(1987年)7月

柏駅西口

(今)現在のあさひ通り

「KASHIWA CITYあさひふれあい通り ふれあいの道」とおしゃれなアーケードに変わりました。柏駅西口ダブルデッキより望む 平成29年(2017年)12月

豊四季

(昔)柏競馬場

あさひ通りに沿って歩き,国道6号を超えた先にある豊四季地域には,かつて東洋一の競馬場がありました。幅30m、長さ1600mのコースで総面積8万8590坪,建物1633坪の規模でした。

花野井の吉田甚左衛門が私有地に誘致したもので、昭和3年(1928年)5月にオープン。第一回柏競馬会は、3日間開催。

初日の入場者2万5000人は柏町の人口の3倍でした。その後昭和25年に中止となり,現在は豊四季台団地・向原町の地となっています。

豊四季台団地

(昔)昔のゴルフ

昭和4年(1929年)柏競馬場のコース内や隣接地に柏ゴルフ場を併設しました。現東葛高校脇の今の向原町会全域にあたる広さには全9ホールあり,来客の多くは皇族、著名人でした。

豊四季台団地

(昔)昭和39年(1964年)豊四季に日本住宅公団による大型集団住宅豊四季団地が完成しました。5階建て106棟4,768戸。当初は1万3000人が入居しました。現在は建て替え事業が行われ「高齢者だけでなく、すべての世代が安心して元気に暮らせるまちづくり」が進められています。

豊四季台団地

(今)現在も建て替えが終わっていない棟が残っている。 平成30年(2018年)1月

豊四季台団地

(今)建て替えられた豊四季団地

奥に新しく新設されたイオンマーケット(株)ピーコックストアが見えます。平成29年(2017年)12月1日にオープンしました。

豊四季台団地

(昔)柏競馬場前停車場 昭和10年(1935年)

東武野田線が総武鉄道と呼ばれていた昭和8年(1933年)、気象大学校東門傍に「柏競馬場前」という停車場が開設されました。主として柏競馬場、柏ゴルフ場のお客と、東葛飾中学校生徒が利用していました。戦時中競馬が廃止されると「北柏」と改称。昭和20年4月末に営業休止、同30年7月正式に廃止となりました。

柏西口

(今)柏競馬場前停車場跡 平成29年(2017年)12月

気象大学校とレーダー、昭和37年(1962年)に2年制の大学校となり2年後には4年制となっています。頂上が丸い高い建物は気象レーダーで高さは51mあり,遠くからでも眺められる地域のシンボルタワーです。このあたりに「競馬場前」停車場がありました。住所は旭町4丁目7番地。

柏西口

(昔)アメリカ軍が撮影した航空写真 昭和22年(1947年)

お知らせ

2月18日(日曜日)から4日間,パレット柏市民ギャラリーにて「写真展「変わりゆく柏の風景」」を開催します。

柏市誕生期から現在までを伝える写真を展示しますので,ぜひご来場ください。

更新日 2018年1月3日(水曜日)

第7回柏駅西口周辺を巡る

柏駅西口

(昔)柏駅西口

柏駅西口が開設されたのは昭和31年(1956年)で、上野側の「開かずの大踏切」を渡り東口から西口までまわる必要がなくなりましたが、当時の西口は畑や荒れ地で夜は真っ暗な駅前でした。柏駅が生まれたのは明治29年(1896年)日本鉄道の土浦線(現常磐線)の田端~土浦間の開通時でした。当時駅周辺は千代田村と呼ばれていましたが、合併する前の名称(柏村)の「柏」が駅名に採用されました。明治44年(1911年)には千葉県営軽便鉄道・野田線の柏~野田町(現野田市)間が開通し,連絡駅となりました。この千葉県営軽便鉄道・野田線はその後北総鉄道、総武鉄道を経て、現在は、東武鉄道の野田線(東武アーバンパークライン)となっています。

柏駅西口

(今)柏駅東武野田線「東武アーバンパークライン」ホーム 平成28年(2016年)

柏市内では豊四季・柏・新柏・増尾・逆井・高柳の6駅を通る。平成26年(2014年)4月から新しく路線愛称名が導入されました。

 

柏駅西口

(昔)柏駅西口 平成16年(2004年)4月

柏駅西口ダブルデッキから見た柏駅西口

 

柏駅西口

(今)柏駅西口 平成29年(2017年)11月

現在の柏駅西口ダブルデッキから見た柏駅西口

 

柏駅西口

(昔)柏駅西口駅前広場 昭和45年(1970年)

柏駅西口

(今)現在の西口広場 平成28年(2016年)

柏駅西口

(昔)柏駅西口広場 昭和38年(1963年)頃

当時広場は砂利道でバスを待つ列が並びました。

柏駅西口

(今)現在の柏駅西口広場 平成29年(2017年)11月

柏市は、昭和48年(1973年)の市街地再開発で完成した大型店舗群により,柏駅周辺は都市的景観を大きく変貌させています。

柏駅西口

(昔)柏駅西口広場 昭和40年代

建設中のファミリ柏が見えます。昭和48年(1973年)9月ファミリ柏開店・丸井柏店増床開店。

柏駅西口

(今)現在の柏駅西口広場 平成28年(2016年)

柏駅西口

(昔)柏駅東西を結んだ跨線橋 昭和44年(1969年)

老朽化した駅舎を中心に継ぎ足しして「伸びる」柏駅の様子が良くわかる写真です。

昭和46年(1971年)4月に駅舎は橋上化され,昭和48年(1973年)10月に駅前広場が確保されました。

柏駅西口

(昔)柏駅西口の開設でできた跨線橋 昭和33年(1958年)

東口と西口をつなぐ唯一の通路。通行者は無料では通れませんでした。その為切符売り場では、入場券が良く売れました。通路は広くはないが現在のように混雑することはありませんでした。

柏駅西口

(今)現在の柏駅、西口と東口をつなぐ自由通路 平成29年(2017年)

JR東日本常磐線と東武野田線(アーバンパークライン)の乗り入れ電車が停まる度に改札口から出て来る人々は東西に分かれて街の中へと流れていきます。

柏駅西口

(昔)柏駅東西を結んだ跨線橋 昭和33年(1958年)頃

重い荷物を背負って上る人は行商人でしょう。朝夕のバスや電車に、角籠を二倍の高さにして紺色の大風呂敷に包み、これを背負った行商のオバサン。そのたくましさに”かつぎ屋さん”・”カラス部隊”ともいわれました。駅の東西が自由通路となったのは、橋上駅となった昭和46年(1971年)のことです。

柏駅西口

(今)現在の東西を結ぶ跨線橋 平成29年(2017年)11月

柏駅西口

(昔)柏駅西口航空写真 昭和55年(1980年)

更新日 2017年12月6日(水曜日)

第6回緑ヶ丘「一本松公園」奇跡の「一本松」

奇跡の一本松         

(昔)旧水戸街道に向けて整備された幹線道路、道路の左側が現在の「一本松公園」。昭和37年(1962年)3月

戦前、柏地域には江戸時代の小金牧の面影を残す野馬土手や松林と畑地が混在する広大な原野が下総台地上に広がっていました。その後この平坦で広大な土地は畑地や軍用地として転用され、昭和17年(1942年)この付近に軍需工場が進出してきました。

奇跡の一本松  

(今)現在の緑ヶ丘幹線道路、道路の左側に緑ヶ丘会館(茶色の建物)。会館横が「一本松公園」 平成29年(2017年)10月

奇跡の一本松

(昔)60年前の緑ヶ丘航空写真、昭和30年代(画像をクリックすると別ウインドウで開きます)

昭和29年(1954年)4月「日立製作所柏工場跡地」では住宅団地の一つ「緑ヶ丘団地」の建設工事が始まりました。当時は、林とススキの中に家が点在する開発途上の緑ヶ丘地区でした。現在の「緑ヶ丘会館」前の道路が交番付近から旧水戸街道にむけて幹線道路として計画され一本松を伐採することなく整備されていった事がわかります。

奇跡の一本松

(昔)昭和37年(1962年)3月千代田町付近

当時は空き地の中に家が点在する千代田町でした。

奇跡の一本松             

(今)現在の緑ヶ丘交番前交差点から見た千代田町住宅街 

この道をまっすぐ行くと国道16号線,交番の交差点を左に行くと国道6号線へ、右へ行くと柏レイソルサッカー場、藤心方面へ 平成29年(2017年)10月 

奇跡の一本松            

(今)緑ヶ丘「一本松公園」

緑ヶ丘「一本松公園」は、115坪の農地を開拓して昭和54年(1979年)に公園完成。平成29年(2017年)1月

奇跡の一本松

(今)緑ヶ丘会館

地域のオアシス緑ヶ丘会館は昭和53年(1978年)に建設されました。平成29年(2017年)1月

奇跡の一本松

(今)緑ヶ丘町会「一本松」

この松の樹齢は、年輪から120年とされています。今から120年前、明治30年(1897年)頃、種が芽吹いてこの地に根付いたことから、その歴史が始まります。この「一本松」は緑ヶ丘町会が公園の命名を行う際にも一役買った経緯もあり、町会行事に長い間「神木」として役割を果たしてくれました。 平成29年(2017年)1月

奇跡の一本松

(今)「緑ヶ丘町会」ありがとう「一本松」(画像をクリックすると別ウインドウで開きます)

一本松公園のシンボルとして親しまれてきた「一本松」が松くい虫による被害で伐採されることになりました。平成29年1月29日に地元緑ヶ丘町会が同公園でお別れ会を開きました。町会長をはじめ町会のメンバーは一本松の思い出を振り返り長年愛されてきた木がなくなるのは淋しいと名残惜しみました。

奇跡の一本松

(今)昨年の平成28年(2016年)8月中旬に上の枝から枯れはじめ、葉全体が赤褐色に変化しました。公園管理課に調査を依頼したところ松くい虫と呼ばれる,マツノザイセンチュウの被害が判明。回復は不可能と診断され、枯れ枝の落下や倒木を避けるため伐採を決断しました。平成29年(2017年)1月29日

奇跡の一本松

(今)さようなら「一本松」お別れ会

お別れ会では町会メンバーら、約30人がこれまでの感謝を込めお神酒を木にそそいで供え物を奉納しました。公園管理課に要望の上,伐採後は幹を高さ約2メートルだけ残す方針です。平成29年(2017年)1月29日

奇跡の一本松

「一本松基本情報」

一本松はクロマツで高さ20.0m,幹回り2.2m,樹齢120年とされています。

奇跡の一本松

(今)樹齢120年「一本松」倒木の恐れがあり,伐採へ

平成29年(2017年)2月2日、午前9時より伐採作業が開始されました。

奇跡の一本松

「一本松」伐採作業

重機が入り枯れ枝が切り落とされました。

奇跡の一本松

「一本松」伐採作業

切り落とされた枯れ枝を束ねる作業員。

奇跡の一本松

伐採後の「一本松」

伐採後、幹を高さ2mだけ残しました。平成29年(2017年)2月16日

奇跡の一本松

(今)伐採後の「一本松」

大きな「一本松」はなくなってしまいましたが、これからも地域を守るご神木として住民の皆さんを見守っていくことでしょう。平成29年(2017年)10月

奇跡の一本松

(今)緑ヶ丘会館内に設置された「一本松」

樹齢120年の年輪。平成29年(2017年)2月23日

奇跡の一本松

『緑ヶ丘「一本松公園」奇跡の物語』から「昭和22年「緑ヶ丘一本松」公園」付近の航空写真」(画像をクリックすると別ウインドウで開きます)

こちらの資料は柏市立図書館本館で開催された「緑ヶ丘町会・さようなら一本松写真展」で来場者に配布された資料です。

「日立台」の由来にもなった「日立製作所柏工場」の全容と「緑ヶ丘公園」主役の一本松も、昭和22年(1947年)の航空写真に一緒に写しだされています。

更新日 2017年11月1日(水曜日)

第5回柏公園と柏市民文化会館

昔の柏公園

(昔)柏公園は、手賀沼を望む台地上にあります。手賀沼越しに我孫子市船戸方面の台地と斜面,公園下には水田が広がる。柏公園は松林を切り開いた約7ヘクタールの敷地に子ども達が楽しく遊べるブランコ・スベリ台・うんてい・水飲み場などが設置してあります。昭和43年(1968年)

柏公園

(今)現在の柏公園

公園下には中央体育館・柏市保健所・柏市民文化会館があり、通路を渡れば,文化会館へ渡ることができます。

柏公園

(今)現在の連絡通路平成29年(2017年)9月

柏公園 

(昔)子供達が遊ぶ公園内の風景

公園下に体育館・柏市民文化会館がみえる。昭和53年(1978年)

柏公園

(昔)お花見客で賑わう柏公園 昭和57年(1982年)4月

柏公園

(今)現在の柏公園入口

国道16号柏市役所から近い交差点にある「柏公園入口」両脇に「柏公園」と彫られた門柱があり春は桜並木・秋はイチョウ並木を楽しむことができ、訪れる人々に喜ばれています。柏駅東口より徒歩20分 平成29年(2017年)9月

柏公園

柏市の桜の名所となっている柏公園の桜は樹齢60年以上となり今後、倒木や大枝の落下等による被害を防止する為にも、伐採や大規模な剪定が必要になる事もあるそうです。

柏公園

(今)公園の通り沿いでいくつかの桜の切り株をみかけました。 平成29年(2017年)9月

柏公園

(今)柏公園入口 平成29年(2017年)9月

柏公園

子供達が楽しく遊べるプッシュホン型すべり台・受話器のベンチも設置されています。(昭和56年(1981年)電電公社寄贈)

柏公園

(今)公園内の風景。 平成29年(2017年)9月

柏公園

(今)公園広場中ほどに進むと、戦没者の霊を奉った忠霊碑があります。昭和33年3月8日に着工し,同年7月14日竣工。7月20日に除幕式及び慰霊祭を挙行しました。 平成29年(2017年)9月

柏市民文化会館

(昔)柏市民文化会館大ホール建設予定地

柏公園を親子で散歩中に文化会館大ホール建設予定地、立て札の前で記念写真を撮る。後方、手賀沼越しに我孫子市船戸方面の台地と斜面,水田が広がります。昭和45年(1970年)

柏市民文化会館

柏市民文化会館

(昔)柏市民文化会館建設工事風景

柏市民文化会館建物右側に旗をつけるポールが3本。数人の作業員が見えます。昭和47年(1972年)

柏市民文化会館

(昔)柏市民文化会館完成正面

柏市民文化会館は、昭和47年10月27日に喜びの落成式が行われ,芸術の秋により多くの市民が舞台や音楽などを楽しむことができる場として利用されました。市では文化会館の落成式を記念して10月27日から11月5日迄の10日間市民の皆さんが無料で入場できる催しを開催しました。ピアノ・リサイタル・軽音楽の夕べ・花柳舞踊団・歌のプレゼント・浪曲大会と、若い層からお年寄りまで、幅広い市民層に文化を楽しんでいただこうと市が企画、特に「歌のプレゼント」(村田英雄・ちあきなおみ・ペギー葉山)の入場者は、1,400人を超え,会場内はオールド・ウーマンの熱気でムンムン。記念行事10日間を通じて市民文化会館を利用した市民は延べ12,000人でした。昭和47年(1972年)

柏市民文化会館

(昔)柏市民文化会館落成記念式

柏公園入口に柏市民文化会館落成式の横断幕が掛けられ、来賓の方々の車が行き交う柏公園交差点の風景。当時の町会代表など300余人が出席しました。昭和47年(1972年)10月27日

柏市民文化会館

(今)現在の柏市民文化会館大ホール

耐震補強工事でリニューアルした、柏市民文化会館大ホール。 平成27年(2015年)3月

柏市民文化会館       

(今)柏市民文化会館(外観)

施設概要

  • 大ホール

客席数1338席(1~2階988席・3階178席・4階・172席)

  • 小ホール

客席数300席

アクセス

柏駅東口から徒歩30分・北柏駅南口から徒歩20分

更新日 2017年10月4日(水曜日)

第4回開かずの踏切・通称「大踏切」

大踏切

(昔)昭和40年代前半まで国鉄の柏駅管内には大・小16ヶ所の踏切がありました。「開かずの踏切」,通称「大踏切」と呼ばれ常磐線と東武線をまたぎ,なかなか遮断機が上がりませんでした。貨車の入れ替えも30分位かかり,「大踏切」の手前には人も車もあふれていた時代でした。当時常磐線はチョコレート色の電車で車両は古く,よく揺れたそうです。開かずの踏切「大踏切」は昭和51年(1976年)に閉鎖されました。(当時の住所は小柳町,中央通り) 


「大踏切」閉鎖された現在の風景
「大踏切」が閉鎖された現在の風景(2017年)
(今)歩道橋を渡ると,柏市旭町方面へ。写真後方の整備されたセントラルパル街をぬけると旧水戸街道京葉銀行交差点に出ます。


整備されたセントラルパル街
整備されたセントラルパル街(2017年)
写真中央右側奥にドンキホーテの建物・左側にDayOneタワースクエア中央パーキングが見えます。1階には2016年5月にオープンしたスーパーのマルエツがあります。


旧水戸街道交差点
旧水戸街道交差点
2016年5月14日にオープンしたDayOneタワーが右側に見えます。


昭和45年建設中のサンサン通り
昭和45年拡張工事中のサンサン通り
(昔)柏駅東口駅前再開発事業にともない駅へのアクセス道路として拡張工事が進む東口サンサン通り工事現場の様子。雪が降った後のサンサン通り,正面奥に進むと旧水戸街道に出ます。


現在のサンサン通り1
現在のサンサン通り(2017年7月)
(今)柏駅東口から旧水戸街道を望む。「協栄商店街」サンサン通り
三井サンガーデンホテル跡地には河合塾が新設されました。


スカイプラザ8階連絡通路から見たサンサン通り
スカイプラザ8階連絡通路から見たサンサン通り(協栄商店街)(2014年)


歩行者・車が行き交うサンサン通り
歩行者・車が行き交うサンサン通り「協栄商店街」の風景(1997年3月)


現在のサンサン通り2
現在のサンサン通り(2017年8月)
柏駅東口から旧水戸街道を望む。街路樹のある街並みに変わったサンサン通り
現在のサンサン通り3
現在のサンサン通り(2017年7月)
旧水戸街道から柏駅東口を望む
「協栄商店街」サンサン通り
柏まつり輪踊りの様子
第40回柏まつり みんなが主役輝く未来(2017年7月30日)

柏まつりを締めくくる輪おどりが午後6時30分~8時迄行われました。誰でも参加できるイベントでサンサン通りは,太鼓の音に合わせて柏おどり・京北音頭と踊り手が盛り上がった一夜でした。


サンサン通りの歴史と共に歩んできた「シミズメガネ」
サンサン通りの歴史と共に歩んできた「シミズメガネ」。

シミズメガネは,大正5年(1916年)初代・清水儀一が,東京根岸で「清水眼鏡製作所」を設立したことから始まります。18金枠メガネを製造していました。その後二代目久吉のとき,太平洋戦争の激変により,柏市に疎開。昭和28年(1953年)他業の店舗を居抜きで購入,現在地でメガネ小売業としてスタートしました。店舗の後ろは旧水戸街道まで広々とした原っぱが広がり,サーカスが来たり,ヘリコプターが降りた事がありました。


シミズメガネ②
道路の拡張と共に増改築されたシミズメガネ。

何度かの道路拡張工事を経た大通りは昭和48年(1973年)一般公募によって「サンサン通り」と名付けられました。増改築を繰り返した中,昭和62年(1987年)増築の際に「しみず眼科」開業,外装工事も行ない完成形となった旧三階建のビルです。歩道のバス停そばの白い格子の電話BOXも懐かしい光景です。

シミズメガネ④
サンサン通りに新しくシミズビルが竣工しました。
平成23年(2011年)4月サンサン通りにシミズビルが竣工しました。1階はシミズメガネ本店・2階にはしみず眼科,本年2017年で創業101年,柏で小売り開始64年・眼科開業30年となります。

 

お問い合わせ先
広報広聴課 / 電話:04-7167-1175 メールフォーム