名前のおこり

  • 野馬を呼ぶ丘

    「ホーイ。ホーイ。」手賀沼に近い小高い丘の上で、ひとりの若者が、谷津(やつ)をへだてた台地に向かって、野馬を呼んでいました。目の前を、清流が西から東に向かって流れています。川の向こうには台地で、深い雑木林をつくっています。この林は遠く今の松戸、野田あたりまで続き、小金ヶ原と呼ばれていました。

  • とったり庄兵衛

    逆井は、小金牧のはずれにある村でした。村では小金牧の野馬に田畑を荒らされるので、所どころに高い土手を作って馬が入ってこないようにしていました。それでも、時どきひどい暴れ馬が入ってくる時がありました。そんな時には、村の人はきまって庄兵衛さんを呼びに行くのです。

  • 念仏塚

    むかし、藤心村におともの者をつれた、お坊さんが通りかかりました。とてもりっぱなお坊さんでしたが、顔は悲しそうに沈んでいました。それは、はやり病いがおこっていて、村の人々がたいそう苦しんでいたからです。お坊さんはしばらく村にとどまって、おともの者と一心にお経をとなえました。しかし、はやり病いは、ますますふえるばかりです。

  • まれいど

    江戸時代のことです。増尾村の人々が、妙見堂(みょうけんどう)に集まって、おしゃべりをしながら祭りの準備をしています。妙見堂のまわりには、集落がひろがり、その北側には、西の方から川が流れてきていました。川のふちに立つと、刈り取りの終わった向かい側に、村人が城山とよんでいる山が、ところどころ紅葉して見えました。

  • 七里ヶ渡し

    布施入口から右へ少し行くと、布施と戸頭を結ぶ新大利根橋に出ます。今、このあたりは広々とした田園風景に包まれていますが、その昔は七里ヶ渡しといって、とてもにぎわったと渡船場でした。

  • こんぶくろ池(一)

    松葉町の掘割をどこまでもさかのぼっていくと、正連寺まで続き、雑木林にかこまれた古い小さな池に出合う。これがこんぶくろ池であり、大堀川の水源です。こんこんとわき出る清水は、昔から絶えることなく、堀を伝わって手賀沼まで流れながら、まわりの田園をうるおし、人力では及ばない大きな役割をもくもくと果たしているのです。

  • こんぶくろ池(二)

    遠い昔のことです。日もやがて暮れるころ、正連寺の里へ身なりのまずしい、ひとりの旅の僧があらわれました。そのお坊さんは、「わたしは、こんぶくろ池の主の使いでまいりました。こんど、手賀沼の主がこんぶくろ池の主に会いにくることになりました。池を濁しては困りますので、これからはこんぶくろ池のうなぎは取らないでください。

  • 城の越し

    大室山のはずれ、利根川に近い沼地とたんぼの中に、おわんをかぶせたような大きな丘がありました。土地のひとは、それはだれかが造ったものか、自然にできたものかわかりませんでした。むかしから、城(じょう)の越しまたは城の腰といっておりました。

  • うなぎ道・大杉みち

    「この道は、うなぎ道っていうんだよ」松ヶ崎から高田へ行く道を歩きながら、松田のおじいさんは、孫のるみにいいました。るみは四年生です。「うなぎのように曲がりくねっているからなの。」「いや。うなぎの荷を乗せた馬が通っていった道なんだよ。それにこの道は大杉みちとも言われているんだ。